「国際出版連合世界大会」に出席して/日本書籍出版協会国際事業主任・吉野芳明氏がレポート

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 国際出版連合(IPA)は2年に1回、世界大会を開催している。直近では7月5~9日、マレーシア・クアラルンプールで実施。大半のセッションのテーマをAIが占め、新たなテクノロジーと出版業界の共存・協働の可能性が探られた。その模様を、IPA「出版の自由の委員会」委員として活動する、日本書籍出版協会国際事業主任の吉野芳明氏にレポートしてもらった。(編集部)

AI関連セッション大半占める/


85カ国・105団体、世界最大出版機関/

 IPAは、主に各国の出版団体を会員にもつ、世界最大規模の出版国際機関だ。国連、世界著作権機構などと協議連携して活動し、85カ国・105の団体が加盟している。
 IPAは1896年、国際協定として公布されたベルヌ条約の設立を機にパリで発足。出版者同士の国際規模での連携の必要性が高まったことを背景に設立された。ジュネーブに事務局を置き、出版・言論の自由の擁護と、国境を越えた著作権の保護や国際的な著作権制度の確立を目的に活動。その他、読書・識字の推進、出版産業の課題解決に向けた提言やロビイング活動などを国際的に推進している。
 書協も加盟団体のひとつで、玉置真波氏(タトル・モリ エイジェンシー)がIPA常任理事として、また私が「出版の自由の委員会」委員として参加している。
 今回の大会では5日が前夜祭、6日が大会の初日で、開会式、基調講演、出版の自由に関する「ボルテール賞」の授賞式を実施。7日には分科会及び大会声明の採択と閉会式が行われた。その前後に交流や文化イベント行事があった。
 5日の前夜祭は、会場近隣で立食式で行われた。カジュアルな雰囲気で近況を共有しながら、知り合いを紹介しネットワークを広げていく。私も1人挨拶したかと思えば別の人を紹介されるのを繰り返して目を回していたところ、来年、日本がテーマ国となるロンドンブックフェアの関係者に繋いでもらい、急遽プログラム企画のプレ打ち合わせが始まった。
 7月の熱く湿った夜の空気でシャツをべたつかせながら、必死に食らいついて会話を続けた。普段会えない海外の出版関係者と直接会話を交わしてこそネットワークが広がり、日本の出版状況についても少なからず理解してもらえる。このような場に参加するのは大切だと思う。

団結・社会発信の必要性再認識/

 さて、今回の大会を総括すると、AIをテーマにしたセッションが大半を占めたが、AIそのものに対して批判的・敵対的に語られる場面は少なかったように感じた。
 もちろん、情報やナレッジ、テクストの莫大な情報量を生産し、蓄積している出版者が、AIを開発・マーケティングするテック企業を手放しで何も関与せずにおくことは考えられないことだ。
 すでに開発された技術を、出版者がどう活用し、かつ自分たちが作り上げる新たな情報源をどう収益化していくのか、AI企業に対しどのようにイニシアティブを獲得できるのか、という視点が全体を通じて話し合われたことだと感じた。


「出版の収益高める好機」/示唆に富むM・ドール氏の講演/

 最も印象的だったのは、元ペンギン・ランダムハウスのマーカス・ドール氏の講演だ。「なぜ今が出版におけるグーテンベルク印刷発明以来最高の収益の時代なのか?」と題し、「出版者はすでに1995年のネットの誕生、2010年の電子書籍の普及を生き延びた。AIの時代も、生き延びられるどころか、収益を高めるための最高の時代が来ている」と訴えた。
 ドール氏は、世界規模では出版の収益は伸びていること、読者人口が増えていること、電子書籍が普及しても紙の書籍の需要が大きく変わらなかったことなどを挙げた。
 そのなかでとくに心に残ったのは、「出版業界は自己主張をすることが苦手な業界のひとつ」と述べたこと。ドール氏の話と講演の熱量を含めた全体から見えてきたのは、「1社では太刀打ちできない新たな課題(新興産業)はどの時代もやってくる」ということだ。
 ドール氏のメッセージを、私は次のように受け取った。
 出版の本質的な役割はどの時代もなくならないことを再認識、もしくはアップデートしていくべきだ。大きな課題があり、敵が巨大な時こそ、出版者が集い、相互に課題を共有し、必要であれば集合体を作って対抗し、もしくは法に訴えていく。
 そして社会に対して自分たちの活動を知らしめ、自分たちが認識している問題点を社会に共有し、味方を作っていく。自分たちが創作者とともに、どのように新たな物語を作り、情報を創造しているのか。そして作り上げたものが、新たな技術・産業によってどのように利益を不当に阻害されているのか。このことを社会(読者)にアピールせよ--。
 書協では現在、AIに関するガイドライン・契約書ひな型の改定を進めている。書協という機関を使ってもらい、出版者同士が知恵を出し合いながら時代の課題を乗り越えていく。言葉にすればシンプルではあるが、ドール氏の話は前向きな力に満ち溢れ、勇気をくれた。


言語的独裁社会に警鐘/

 他にも、「少数言語とAI」をテーマとしたセッションが興味深かった。AIが最も強いとされる言語は英語だ。英語以外の言語になると一気に質が下がり、対象言語を利用する人口が少なければ、そもそもAI対応されないこともある。登壇した出版者は、英語で読むことが標準化されているなか、あえて少数言語である母語で出版する取組みを行っていた。
 このセッションでは、言語をただの情報収集ツールとしてではなく、文化の継承、アイデンティティのひとつとして捉え、言語の多様性は社会の多様性に繋がると訴えた。少数言語を契機に社会とのコミットメントについての考察力が向上し、社会分断の予防にもなっているという。
 利用する言語によって情報の収集量に差が生まれる社会について問題提起され、情報収集における不利益解消のために自らの少数言語を捨てることを強いる技術、社会についても語られた。
 この話を聞いて、言語的独裁社会というのが現にあると気付かされた。無意識にAIを受け入れることが、言語・文化のモノポリズムに繋がる危険性を孕んでいるのだ。
 出版が新たなテクノロジーと協業・共存するための可能性が探られていることを前向きに捉える全体の風潮に対しては、個人的にも異存はない。しかし、少数言語のセッションを聞きながら、「それでも人間にとって大事なことを忘れるな」と自戒めいたメッセージが自分のなかに刻まれた。
 同時に、出版という世界はビジネスと倫理の両面を同じ熱量で語れる稀な産業であることに、誇りを覚えた。


「出版の自由」各国の状況を報告/誤情報・偽情報に注意/

 最後に、「出版の自由の委員会」について触れる。私が参加した分科会は、「出版の自由のレッドクロス(越えてはいけない一線)―地域レポート」。登壇者はマレーシアの政治風刺画家・ズナール氏、エジプトのアル・アラビ出版/「出版の自由の委員会」委員のシェリフ・バクル氏と私の3人。
 ズナール氏は、マレーシアの権力中枢における汚職や権力乱用の問題を暴く自身の出版物に関連して、9回の逮捕を経験したと語った。バクル氏は、エジプトにおける当局の恣意的な表現規制により極端な自主規制が行われ、出版物の内容が支離滅裂になるケースが多発している状況を解説した。
 私は、日本では日本国憲法の表現・言論の自由の保障がある一方で、地方自治体が青少年保護を謳いながら出版物や雑誌の販売規制を行っている制度的な仕組みと、出版界の対応について報告した。
 今回大会では出版の自由に大きく焦点があてられた印象はなかったが、出版の自由は、現在も世界各国で重要な課題だ。
 国連のグローバルコミュニケーション事務次長からも、「誤情報・偽情報が蔓延するなかで、出版者が発信する正確な情報が何よりも大切であり、協力して諦めずに正確な情報を市民に届ける努力を続けることが求められる」との発言があった。
 また今回の大会やIPAでの活動を通じて、実はアメリカなどのいわゆる民主主義国家を含め出版の自由は意外と各国で芳しくない状況になっていることが伝わってきた。直接政府から出版・言論の自由への攻撃がなされなくても、SNS上での不正確な政治情報の蔓延が、民主主義国家でも権威主義的な政権選択を生ませる要因になっているとの指摘がある。
 日本でも国旗損壊罪法案等が国会に提出され、成立するなかで、日本の出版界は何かアクションを取る(取った)のかと聞かれる場面が多々ある。
 個人の思想信条に関わらずいかなる「表現行為」も自由であるという前提に立って出版の自由が確保されているのであれば、この原則に少しでも抵触する動きがあれば、個人の思想信条に関わらず異を唱えることが求められているのではないだろうか。
 日本ほどに出版の自由が確保されている環境は、世界でも限られている。この状況は少しでも気を許せば簡単にひっくり返されてしまいかねない。現在の状況を当たり前と思わずに堅守する努力を続けることが、何より重要であると改めて気付かされた。

ビジネスと倫理を同じ熱量で捉える/

 今、日本政府は「2033年にコンテンツの世界輸出額20兆円」を目標に掲げて様々な施策を展開し、書協もそのひとつの事業に携わっている。書協が日本の出版物を世界に広め、世界に新たな読者を作り出す一助になるのは幸せなことだ。しかし、今回のIPA大会を通じて、ビジネスと倫理を同じ熱量の問題意識として捉えることの重要性が問われているかもしれないとも感じた。


 出典:新文化オンライン2026年10月1日号 1面
(https://www.digitalshinbunka.jp/PB3854PCS_000/index.php) 


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